不思議な不思議な長寿村

前立腺ガン
06 /13 2017
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長寿村棡原(古守豊甫著)を読んで、感銘を受けたフレーズを紹介します。

ー自動車にひかれるだけが事故でないー

老後の幸せのために、少なくとも社会に迷惑をかけないためにも、われわれは脚力の弱体化を防ぐために、平素より足の訓練を怠らないように心掛けたいものである。歩くことの少ないアメリカでは日本より平均寿命が2歳短くなっている。アメリカでは【カーアクシデント(自動車事故)】というと、ひかれて死ぬということより車に乗り過ぎて歩くことが少なく、そのため病気、なかんずく心臓発作で死ぬという事故を意味することがあるくらいで、運動しないと心臓にも体のたの部分にも、贅肉が付くから病気になるわけである。
だから歩くということは〝天が与えた恵み〟だと思う。

この古守先生の本を読んだこともあり、先の日曜八王子志民塾4人組で長寿村〝棡原〟を3里ほど歩いてきました。
また、過ってこの村がアサヒグラフ(S49年3.15号)に紹介されました。写真はその記事の1ページ目です。

参考 アメリカと日本の平均寿命と平均健康寿命(2015年)
    平均寿命 日本 83.7歳  米 79.3歳
    健康寿命 日本 74.9歳  米 69.1歳

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蛋白質の必要摂取量と3例の比較

前立腺ガン
05 /31 2017
長寿村・棡原村より
欧米に於ける蛋白質の必要摂取量について
(長寿村棡原 著者;古守豊甫 1976年発行によります)
蛋白質の必要摂取量と例1(力士)、例2(戦争を体験し、生活習慣病に罹った普通の人)、例3(長寿村棡原の者)を、発育期、成熟期、退縮期(老化期)毎に比較してみました。
蛋白質の必要摂取量は欧米のデータです。
著者によると、〝人間は加齢とともに蛋白同化ホルモンが減少するので、蛋白質の摂取量を落とすことは天の摂理ではあるまいか〟とあります。
例1は力士の摂取量の例です。
著者によると、〝力士は土俵上の最盛期たる20~30歳の十年間において、恐るべき高蛋白脂肪、高カロリーを摂取し、引退後後もその食生活が続き、短命化への原因をつくっている〟と考える。
例2は戦争を体験した者の摂取例です。
戦後の経済成長と伴に蛋白質の摂取量が徐々に多くなり、40代初めに必要摂取量を超え、60代に生活習慣病(がん、糖尿病など)になる例です。
例3は棡原村の長寿者の例です。
著者によると〝その摂取量は生涯をを通じて、おそらくプロキロ0.5グラム前後とみられている。この量は発育期には必ずしも適切とは言い難く、身長の伸びは悪いが,50歳以上に達するとおよそ人間の理想的摂取量となるため、これが今日の長寿村を結果としている〟とあります。また、ここでの蛋白質は主として植物性である。
このグラフの作者森口教授は蛋白質の必要量は、10歳まではプロキロ2.0グラム、20歳までは1.5グラム、50歳までは1.0グラム、50歳以降は0.5グラムとされている。
要するに発育期には蛋白質をたっぷり与え、成熟期には半減し、老化期は発育期の4分の1にせよということになります。この図は、長寿、生活習慣病と蛋白質の摂取量の関連を考える上で、この著作の中で重要なグラフに一つです。


参考 ; スポーツ選手は2プロキロ
スポーツ選手に必要なタンパク質は体重1kg当たり約2gだと言われています。体重60kgであれば、120gが最低でも必要になってくるわけです。これはタンパク質の量なので、食べ物で考えると大変な量になってしまいます。卵なら約20個、豚肉のしょうが焼きだと6,7人前になる計算です。こんなに食べきれるものではないので、食事ごとに効率よく摂取しなければなりません。

参考2 ; 私の推定蛋白質摂取量【1.0キロプロ以上の日々】
前立腺がんになって、今更であるが40歳代に酒(麦酒、ホッピー)と焼き鳥を週2回ほど、赤提灯ののれんを潜った。それもかなりの量であった。その付が今になって現れたと思います。

3ヶ月毎の診察日

前立腺ガン
03 /28 2017
PSA
昨年3月より
毎日服用のカソデックス錠と3か月ごとのリュープリン注射をし、一年になります。
当初のPSAと比較すると、ほぼ順調にその値が下がってきたが、ここに来てPSA2.2に上がってしまった。
担当医からその値を聞かされたときはそれなりに落ち込んでしまったが、何時間か経ってみると、これからが五木氏より伝授された真の«がん太郎撲滅作戦»のように思うようになってきた。
引き続き、ホルモン療法と玄米・野菜ジュースの縄文食の2本立てでゆくつもりです。
特に以下の点を重点に変えてゆきます。
・体重を3キロ落とす(4キロほどダイエットしたのがリバンドしてしまった)。
・週一目標に、早朝カラオケにゆく。
3か月後の検査がチョッピリ不安ですが、ブログアップするのが楽しみです。

身土不二

前立腺ガン
03 /23 2017
棡原村
身土不二
グラフ(長寿村・短命化の教訓より)は昭和43年まで日本一の長寿村として知られている棡原村(現在:山梨県上野原)の食品の摂取量を昔と今(1980)を対比したものです。
棡原村は水田がないため、畑作物に依存し、大麦、小麦、きび、栗、稗、豆類、いも類を命の糧とし、食生活が営まれていた。それが戦後の米の配給制度と村への幹線道路の新設により、その主食の内容がくずれ、現金収入の増加と共にますます米への依存度が高くなってきた。〝昔〟と〝今〟を比較しつつみてください。
この主食の内容が変化(例えば麦飯から白米へ)しても高齢者は旧態以前の食事を引き続き取り続けた。しかし若い人たちは都会風の食事(白米を主食)へと変わってゆきます。
その結果、若い人の間にいわゆる生活習慣病、糖尿病、がんなどの自分自身の体が作った病が多くなり、昔ながらの食事を取り続けた親より早く亡くなる(逆さ仏)ケースが多くなり始めます。当然長寿村の名は消えてしまいます。
宮沢賢治の「雨二モマケズ」にあるように、『一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ』は今でも通じる、いいえ大切にしなければならないフレーズに思えます。

身土不二とは
人間の身体と土地は切り離せない関係にあるということ。その土地でその季節にとれたものを食べるのが健康に良いという考え方で、明治時代に石塚左玄らが唱えた。

今月より、市場で5キロの玄米を求め、一部発芽状態にしつつ朝と夕の食事としています。また、水道に浄水器を取りつけました。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

笑は最高の抗がん剤

前立腺ガン
01 /31 2017
津波もがんも笑いで越えて
こんにちは
2月より『ガン患者会レーベン』に参加することになりました。
その代表者にお借りした本が、〝いのちの落語(樋口強)〟です。
一読しました。
また樋口強さんは、毎年1回東京深川でいのちの講座を開いています。
参加されたら如何でしょうか。
今年度は9月17日(日)です。
詳細は「いのちの落語 樋口強」で検索してください。
(私手帳に9/11をメモしました)

樋口強さんの略歴(参考)
 兵庫県姫路市出身(1952)
 新潟大学在学中、落語研究会で活動
 東レに入社
 第6回社会人落語選手権大会に出場
 第11回同大会で優勝(32歳)
 1996人間ドックで肺がんの宣告をうける(44歳)。
   小細胞癌 (当時3年生存率5% 5年生存率;数字無し) 
   手術
   抗がん剤の副作用との激しい戦いの末、再発を乗り越える。
 2005東レ退職(53歳)
 歩いている、コップを持っている感覚が今でもない。  

追伸(ガン患者会レーベンの代表者よりメールを頂きました(1/31))
「いのちの落語」は毎年、参加される人が多くなり、抽選になっています。私も子ども達と行きたかったのですが、一人でも多くがん患者の方を招待して欲しく、私だけにしてもらっています。樋口さんの落語を生きる為に必要としている人が沢山います。樋口さんから娘にも声がかかったのですが、娘の席を他のがん患者さんにまわしてもらいました。200席なんですが毎回満席ですので、何年も来ている人ばかりでしたが、皆さんの協力で、はじめて申し込む方の席を10席だけ毎年用意してくれています。そんな事情もあり、参加できなかった人の為にCDをつけて落語を聞いてもらえるようにと、樋口さんの気遣いで本『いのちの落語(文藝春秋刊)』にはCDがついています。一応事情だけお伝えしますね。

追伸2
是非、ガン患者会レーベンに参加してください。
コメントに連絡先を知らせて頂ければ、日時・場所を私より連絡します。
また日時・場所について、八王子市の広報にも掲載されます。

 

GDAYS

みなさま はじめまして こんにちは
わたしこの春(’16)前立腺がんのマーカー値(PSA)がかなり高く、病院へいったらまぎれもなくガンだったのです。ガンなんか一生かからない病気とおもっていました。
その治療経過とその後(’17)の自転車の旅についてのたりノタリとログしてゆきます。まぁ、すべて映画・知り過ぎた男の主題歌〝Que sera sera〟でいきます。
歳は古希を細やかにスリップしています。よろしく。